東京高等裁判所 昭和38年(う)2966号 判決
判決理由〔抄録〕
よって按ずるに原判決挙示の各証拠及び当審における鑑定人宮内義之介、同上山滋太郎連名作成の鑑定書を綜合すれば、被告人が原判示日時頃、生コンクリート約六トンを積んだコンクリートミキサー車(大型貨物自動車)を運転して本郷通り二丁目二三番地先道路を和田本町方面に向けて進行し原判示交差点近くにさしかかった際、折柄被害者が第一種原動機付自転車を運転し、青梅街道方面から疾走して来て右交差点を大廻りに左折して来るのを認めたので、急ブレーキをかけて停車したところ、被害者は被告人の車輛に衝突の直前転倒したこと、被告人はエンジンは止めず、サイドブレーキをかけて、右側ドアーから降り車の前を廻ると、被害者が上向きになって両脚をひろげその両下腿部で被告人の車両の左前車輪を狭むような形で倒れていたのを認めたこと、ところが、その時、被告人の車輛が少しずつ後退しはじめたので被告人は急いで運転台に戻り、サイドブレーキを外して車を僅か前に出したが、すでに右車輛が後退した際前述の状態にあった被害者の右下腿部に被告人の車輛の左前車輪が半ば乗りかかった結果、原判示のような傷害を負わせるに至つたことを肯認するに充分である。
そこで、右被害者の被った傷害について、被告人に業務上過失の責むべきものがあるかどうかについて考察するに、被告人の原審及び当審における各供述並びに検察官に対する供述調書によれば、コンクリートミキサー車は車体が重いので、これを完全に停止させておくためには、単にサイドブレーキをかけるのみでは充分でなく、エンジンも止めておく必要があり、さもないとその振動でブレーキがゆるむことがあること、そしてこのことは被告人もよく了知していたことが認められ、また右事故現場附近の道路が和田本町方面に向け僅かながら上り勾配をなしていたことは、原審における検証の結果によって明らかなところであるから、被告人としては、前示の如く車輛を離れるに際しては、単にサイドブレーキをかけるのみならず、エンジンも止めて下車すべく、然らざればブレーキがゆるみ車輛が後退するおそれがあったことは言うまでもないからである。
然るところ、被告人は車輛を離れる際被害者が前示のような状態で倒れていたことは全く分らなかったというけれども、被害者が被告人の車輛の直前まで疾走してきて転倒したことは被告人もこれを目撃していたのであるから(被告人の検察官に対する供述調書)、被告人としては、少くとも、被告人の車輛の下に被害者の身体の一部が入りこみ車輛の移動によつて同人に傷害を負わせるおそれがある状態にあったことは当然察知すべきものと考えられるので、右車輛を離れるに際しては、いやしくも車輛が動くことのないよう万全の措置をとるべく、そのためには原判決の判示するとおりサイドブレーキを確実にかけることはもとより、更にエンジンをも止めておくべく業務上の注意義務があったものというべきであり、これを怠った被告人に業務上過失の責任があることは明らかである。もっともエンジンを止めれば所論のようにミキサードラムの回転が止まり生コンクリートに対する影響が予想されるが、本件のように極めて短時間エンジンを止めるだけで、しかもこと人の生命身体に影響を及ぼすような場合、かかる事情が被告人の本件過失の有無を左右するものとは解せられない。なお、被告人は本件事故現場が上り勾配であることは気付かなかったというけれども、原審における検証の結果に徴しても、右勾配があることはたやすく気付きうることが窺われるので、被告人がこれに気付かなかったとすれば、そのこと自体に過失があると言わざるを得ず、上り勾配であることに気付かなかったからといって、直ちに被告人の本件過失責任の成否に消長を及ぼすものではない。